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「ごめんなさい」より、なぜ叱られたかを考えさせる
お母さんに叱られて、泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返している子供の姿や、泣いている子供に向かって、「ちゃんと「ごめんなさい」と言いなさい」としかりつけているお母さんの姿を見かけることがあります。
子供が間違った行為をしたときに、「ごめんなさい」としなおに言えるようにすることは、しつけの上ではとても大切なことですが、お母さんが、「ごめんなさい」という言葉にこだわって、それを強いると、子供は「ごめんなさい」と言いさえすればよいのだ、という考えを持ってしまいます。
「ごめんなさい」という言葉は、自分の間違いを素直に反省して言うことに意味があり、親の許しを乞うためのものであったり、その場しのぎの怒られ回避の言葉となってしまっては、何の意味もありません。
子供がほかの子に怪我をさせたときに、相手の家に行って「誤りなさい」という場合も同じです。怪我をさせた相手に子供が謝るのは当然のことですが、お母さんが、「誤った」ことで、その件に関しては一件落着と思ったら、叱った意味がなくなってしまいます。
相手に対して謝罪をしたあと、子供に怪我をさせてしまうまでの経緯を聞き、それがどんな理由であれ、他人に危害を与えることはいけないことなのだと言うことを教え、なぜ自分が誤らなければいけなかったかを考えさせることが叱る目的のはずです。
そうすることによって、子供は自分自身の行為を振り返り、何がいけなかったのか、どうすればよかったのかを考え、同じような場面で誤りのない判断を下せるようになるのです。
お母さんが、肝心の「なぜ叱られたのか?」を、子供に考えさせないままでいると、子供は同じ過ちを何度と泣く繰り返し、叱る目的はほとんど達成されないと言っていいでしょう。
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